直江津 配流から7年、親鸞聖人と恵信尼が暮らした場所

居多ヶ浜記念堂
上越市五智6-3-4
TEL 025-543-0536
※12/1〜翌3/14まで休館

居多ケ浜(こたがはま)


居多ケ浜見真堂中央に安置されている聖人の木像親鸞聖人上陸の地。ここから越後での生活が始まる

承元元(1207)年、専修念仏停止の法難を受けて越後国府へ御流罪となった親鸞聖人。その旅の途中、木浦(現糸魚川市能生)から舟に乗り、居多ヶ浜に上陸したと伝えられている。現在の居多ヶ浜は、夏場には多くの人が集まる海水浴場となっている。また、そのすぐ上の高台は「親鸞聖人上陸の地」として整備され、海に臨む展望台や聖人の木像が安置される見真堂(見真は明治天皇が聖人に贈った謚号)、休憩ができる「居多ヶ浜記念堂」などがある。

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居多神社(こたじんじゃ)

社殿の前に立つ聖人の石像。

 

居多神社
上越市五智6-1-11
TEL 025-543-4354




居多神社居多神社境内に生えている「片葉の葦」 御流罪後、親鸞聖人が最初に訪れた神社

越後国府へ御流罪となった親鸞聖人が、まずはじめに訪れたのが越後一宮・居多神社だ。ここで聖人は、一日も早い赦免を祈願し「すゑ遠く 法を守らせ 居多の神 弥陀と衆生の あらん限りは」と詠み、神前に供えた。すると、境内の葦が一夜にしてすべて片葉になったといわれている。この片葉の葦は「親鸞聖人越後七不思議」の一つに数えられている。また、聖人が自筆で日の丸に「南旡阿弥陀仏」と書いた「日の丸の御名号」も納められている。

 

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五智国分寺(ごちこくぶんじ)

市の指定文化財である山門 裏門を出ると見えてくる鏡ヶ池。

五智国分寺
上越市五智3-20-21
TEL 025-543-3069
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五智国分寺 最初の庵、竹之内草庵があった越後国府 聖人が墨をするのに用いられたといわれる養爺ようや清水。

親鸞聖人の最初の配所であった竹之内草庵。草庵は五智国分寺の境内にあったとされるが、当時の五智国分寺の場所は今もって分かっていない。現在の五智国分寺は、永禄5(1562)年に上杉謙信公が再興したと伝えられている。
山門(市指定文化財)をくぐって参道を進むと、正面に本堂(平成9年に再建)、左手側に市内最古の建物といわれる経蔵(市指定文化財)、右手側に木々に囲まれた三重塔(県指定文化財)が見えてくる。本堂の右隣に立つ竹之内草庵には、聖人が自ら刻んだと伝えられる「親鸞坐像」が安置されている。これは聖人が罪を許され関東へ旅立つ際に、別れを惜しむ信者のため、五智国分寺裏にある鏡ヶ池に自身の姿を映しながら彫ったものといわれている。
竹之内草庵に安置されている「親鸞坐像」は」市指定文化財 現在の竹之内草庵は新しく建て直したもの

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本願寺国府別院(ほんがんじこくふべついん)

恵信尼と暮らした二つ目の配所

五智国分寺の竹之内草庵から、二つ目の配所・竹ヶ前草庵へと移った親鸞聖人。ここで恵信尼と共に暮らしていたといわれている。聖人が罪を赦され関東へ旅立った後、約600年の時を経て参拝者のための本堂が建立され、後に「小丸山別院」となり、現在は国府別院と改称されている。本堂に向かい左手側には竹ヶ前草庵跡を示す石碑が、右手側には親鸞聖人の像と聖人が上陸したときの様子を再現したといわれる三体の像が建っている。

浄土真宗本願寺派 本願寺国府別院
上越市国府1-7-1
TEL 025-543-2742


本願寺国府別院 親鸞聖人が居多ヶ浜様子を再現した像 「袈裟懸けの松」

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光源寺(こうげんじ)

親鸞聖人の弟子・最信が開いた寺院

親鸞聖人の弟子で、木曽義仲の家臣が帰依した覚円坊最信が建暦元(1211)年に開いたといわれる寺。本尊として中央に安置されているのは、罪を赦された際に聖人が自身で描いたという「流罪勅免御満悦御真影」。また本堂内には、向い合った聖人と恵信尼が描かれている「連座の名号」や「越後教化旅立の立像」、「流人標札」、尼僧になる前,の恵信尼を描いた掛け軸など、さまざまなゆかりの品が安置されている。

光源寺
上越市国府1-4-1   TEL 025-543-4263

向かい合う聖人の恵信尼が描かれた「連鎖の名号」,
親鸞と恵信尼掛け軸

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